北条土人形(れんべい人形)     

北条土人形(れんべい人形)
 種類:土人形
 制作地:鳥取県東伯郡北栄町(旧 東伯郡北条町)
 現制作者:廃絶 加藤廉兵衛(1915生−2012.9.12没 享年96歳)

 2000年(平成12年)4月の訪問記→れんべえ人形(北条土人形)を訪ねて

 正式には招き猫ではなく、福岡の民話を元にした『竜宮猫』である。竜宮猫に関しては下記の関連サイトを参照ください。
 戦後、兵役から戻った加藤廉兵衛によって制作された一代限りの土人形。大陸から引き揚げてきてから、人形作りを始めた。当初は楠や紙などいろいろ利用したが、豊富にあった近くの天神川の土が使われ土人形づくりが始まった。やがて護岸工事で採取できなくなり、後に岐阜の土を使うようになった。
 後年は流し込みでつくられていたが、かつては型押しで制作されていた。昔話や神話に基づいた創作ものが多い。またその種類もひじょうに多く、扱う題材も多岐にわたる。同じ題材でも何種類か型がある場合もあり、彩色も異なることがある。
 鳥取の民藝運動家の吉田璋也の目に留まり個展を開き、東京の民芸品店でも取り扱うようになり、全国的に知られるようになっていった。郷土玩具というよりは民芸品といった位置づけかもしれない。
 残念ながら2012年(平成24年)に96歳で亡くなり、60年以上にわたった土人形づくりは終焉を迎えた。

土塀と門  重厚な門構え この奥が制作場所
2000年当時の加藤廉兵衛さん
石膏型
型を乾燥中 型抜きした人形が二体見える


 2000年の訪問記では地図を掲載した。その後、ネット上で詳細な地図を入手できるようになったのであまり意味はないかもしれないが製作されていた場所の確認のため再度掲載することにした。
 主をなくした住居は親族か他人かは分からないが、立派な門のみ健在であった。付近では2000年10月の鳥取西部地震や2016年の鳥取県中部地震が発生している。特に後者では北栄町に災害救助法が適用された大きな地震であったので土塀は取り壊されたのかもしれない。石膏型などはどうなったのだろうか。
 話し好きで訪問したときもかなり長時間話をした記憶がある。大陸から戻った体験から出た「戦争はいやだ」という言葉が耳に残る。

旧廉兵衛宅再び
天神橋西橋詰付近
2022年現在立派な門は残されている (ストリートビューより)


正式名『竜宮猫』 黒と水色の斑
           右手を挙げる   水色で彩色された尻尾
 
ちょっとはにかんだような独特の表情
白猫に黒と青の斑がある
猫に青い斑は珍しい
尻尾は青で彩色されている
竜宮城で乙姫様からもらった猫なので
青の彩色が使われているのか?

高さ56mm×横41mm×奥行45mm 

竜宮猫とは竜宮城で
乙姫様からもらった猫なのだそうだ
詳細は下の「竜宮猫について」のサイトを参照されたい
流し込みで制作されていることがわかる  
添付のしおり
  大きな画像へ

 リストに竜宮猫はない
しかし実際の型はその3倍以上あるようだ
毎年新しい型が増えているという


 れんべえ人形は種類が多い。その中で毎年お世話になっている干支を紹介しておく。単品では見かけることがあるが十二支をまとめて紹介しているものはあまり見かけない.。これはセット物で購入したが、単品の場合は彩色が異なるものもあるようだ。

れんべえ人形
十二支相
猫と同じように犬も水色の斑がある
馬の水玉模様はどうしたことだろう





 北栄散策 町の匠(北条土人形 加藤廉兵衛)   (リンク切れの場合はねこれくと内のPDFファイルへ
 倉吉ブログ 「東郷池の河童」と「天神川の河童」   加藤廉兵衛さんの人となりがよくわかります(リンク切れの場合はねこれくと内のPDFファイルへ
 北条人形 加藤廉兵衛さん  手仕事フォーラム 鳥取の手仕事  (リンク切れの場合はねこれくと内のPDFファイルへ
 「I love れんべい人形」 Port Belowブログ  (いろいろな、れんべえ人形を見ることができる)


竜宮猫について
 竜宮猫 (フジパン 民話の部屋) 文章と朗読で竜宮猫の話を聞けます (2022年5月でサービス終了) 
 後継サイトとして民話の部屋〜とんとむかしあったとさ〜(トップページ)がある (東京テレホンサービス)
          その中に「竜宮猫」の話があり、朗読も聞くことができる 民話の部屋「竜宮猫」へ  
 福娘童話集 乙姫様のくれた猫





参考文献
招き猫尽くし (荒川千尋・板東寛司、1999 私家版)
全国郷土玩具ガイド3(畑野栄三、1992 婦女界出版社)
おもちゃ通信200号(平田嘉一、1996 全国郷土玩具友の会近畿支部)