伊賀土鈴          

伊賀土鈴         ※土人形も制作しているが一般的に使われている名称の「伊賀土鈴」を使用する
 種類:土人形
 制作地:三重県
 現制作者:篠田正隆・篠田方子(みちこ) 廃絶?
      篠田正隆(1933−2006)
      篠田方子(1934−    )
   
 篠田正隆は大型工業炉の技師の傍ら、1950年代から郷土玩具の蒐集をした。1988年方隆窯志乃を開設し、夫婦で土人形や土鈴の制作を始めた。
 招き猫の土鈴を作り始めたのは伊勢の招き猫まつりが始まったのがきっかけであったという。
 お二人共、身近な存在であったのでほとんど作品を購入することなく、2006年に篠田正隆さんは亡くなられてしまった。
 かつて浅草橋にあった陶器店の目崎にあった土鈴。伊賀土鈴とあり篠田作品に似ていたが、はたして距離のある東京の陶器店にあるのだろうかとも思ったが何体か購入した。篠田作品であることは間違いないが、ご本人に確認する機会がなかった。1体には「志」の文字が入っており、「志乃」の「志」と思われるいる。
 最後に購入したのは、招き猫まつりin瀬戸でまだ文化会館招き猫倶楽部の会員による楽市が開催されている時だった。

 篠田正隆・方子両氏の紹介を兼ねて、アーカイブズ「伊賀土鈴(方隆窯)の篠田正隆さん」から修正して再録しておく。

 アーカイブズ「伊賀土鈴(方隆窯)の篠田正隆さん」から修正して再録
  2006年(平成18年)の10月2日に九州の方から篠田正隆さんが亡くなられたらしいという話を聞いた。「エッ!」と思い、日本招猫倶楽部の中部支部に確認のメールを入れるとそれは事実で、9月22日に亡くなられたという確認がとれた。
 今年の招き猫まつりでは瀬戸会場でも伊勢会場でも見かけず、100人展にも作品が出品されいないので心配していた。私は瀬戸で楽市会場を手伝っていたので知らなかったが、アートビレッジでは色紙にお見舞いの寄せ書きを書いていたそうであった。伊賀土鈴の作者として、招き猫界では中部地方の重鎮として活躍されていただけに残念であった。招き猫まつりの初期には日本招猫倶楽部中部支部世話役として尽力を尽くされ、自らも奥様と一緒に窯を開き創作土鈴「伊賀土鈴」を制作していました。招き猫仲間ではギョロ目の招き猫土鈴がお馴染みであった。

 一昨年の招き猫まつりでは体調が悪く「来年は来られないかもしれない」と弱気なことを言っていたが、翌年はすっかり回復し、瀬戸会場では楽市に出展して元気な姿を見せていた。しかし、今年の招き猫まつりでは瀬戸会場、伊勢会場どちらでも姿を見かけず心配していた矢先のことであった。

 私が最初にお会いしたのは1996年の第2回招き猫まつりin伊勢でした。そのときはお休み処で招き猫の数当てクイズの会場をご夫婦で担当されていた。私がお会いした時はすでに定年退職後で、しかも顔を合わせるのは招き猫関係の催し会場だったので、常に奥様と連れ添ってお二人で姿を見せていた。奥様も手仕事が好きでお二人で土をひねっていたようである。私は年に1回か2回、伊勢や瀬戸の招き猫まつりでお会いするくらいであった。それ以外の場所では京都・法林寺の招き猫供養と偶然藤枝博物館の企画展でお会いしたくらいであった。しかし、いつも会場では先に私を見つけられ、お二人でニコニコと声をかけて頂いたのが思い出として残っている。

 1999年招き猫まつりin瀬戸の70人展に置いてあったご夫妻のプロフィール(おそらくご自分で書かれた)をそのままスキャンして使わせて頂くと下のようになります。
   
 郷土玩具制作者とも作家とも違う位置に自分を置かれ、作品の制作や人との交流を楽しんでいたようだった。

 ふだん顔を合わせ、身近にいることが当たり前だった篠田さんだけにこのような場所で作品を紹介しようと思っても自分ではほとんど持っていないことに気が付いた。唯一持っているのは昨年の招き猫まつりで購入した「宝づくり」だけであった。逆に言えばそれだけ私にとっていつでも作品を購入できる身近な制作者だったともいえる。
※アーカイブズでは平成17年と
なっていましたが
2004年(平成16年)の誤りでした
平成16年の招き猫まつり瀬戸会場で奥様と
   
宝づくし 宝づくしの招き猫
    
平成16年の来る福招き猫まつりin瀬戸の楽市で展示販売された作品

 これまでに撮影した写真から篠田さんを探してみると、これも作品同様に意外に少ないのです。一番古いものは1999年の『来る福招猫まつり』の伊勢会場での懇親会の記念写真です。これは篠田さんから何かの催しでお会いしたときにいただいたものです。
  
2002年招き猫まつりin瀬戸
招き猫供養で
1999年来る福招き猫まつりin伊勢 懇親会で

2001年来る福招き猫まつりin瀬戸 懇親会で
2002年来る福招き猫まつりin瀬戸 懇親会で

 篠田さんはご自分で制作されるだけでなく、復刻も手がけられました。たとえば発見された山本香泉の招き猫やフクロウを香泉の地元四国の職人に依頼して復元したり、私の持っている「主夜神尊招き猫」をご自分で復元したり、また招き猫ポットも復刻制作されています。

  
山本香泉の復元品

別の型も復元しているという話を聞いたが、その後どうなっているのか聞き忘れてしまった。
平成12年度限定29体復元「主夜神尊招き猫」
篠田正隆作。 型取りして焼いているため、オリジナルより少し小さくなっている。

   大きさ (横×奥行き×高さ) 
 オリジナル
   34mm×39mm×62mm
 復刻版
   31mm×35mm×57mm
 
29体制作の中の2番目を表す。だれに配られたかは不明。

 土鈴蒐集から始まり、ご夫婦で窯や展示室までつくってしまった篠田正隆さん。招き猫と関わった期間は蒐集歴の中の一部かもしれませんが、招き猫界の発展に尽くされた力は計り知れないものがあります。きっと来年の9月には先に他界された郷土玩具制作者を一堂に集めて天国で「第1回招き猫まつり」などという企画をやっているだろうな。
 お一人になられてしまいましたが、ぜひ奥様には伊賀土鈴を制作し続けていただきたいと思います。


 少しこれまでの招き猫猫図鑑とは異なる構成の伊賀土鈴の招き猫だがそれだけ制作者との関係もあったということになる。

伊賀土鈴 方隆窯志乃の猫たち
手元にあるのはこの5体
いずれも浅草橋にあった
めざき陶器で入手した
手前の三体の拡大
右手挙げ、左手挙げ、表情も様々
赤い首玉に緑の前垂れは基本のようだ ただし親子猫は仔猫がじゃまで前垂れなし
尻尾はあったりなかったり
基本を押さえつつ自由に彩色していったようでそれぞれ微妙に異なる

型抜きもあるようだがほとんどが手びねりであるようだ
彩色に関してはすべて異なる
いろいろあった中で気に入ったものを選んで購入した

一体のみ底面に「志」 の刻印が入っている
志乃の「志」と思われる

小のサイズ 左から
高さ   mm×横   mm×奥行   mm

高さ   mm×横   mm×奥行   mm

高さ   mm×横   mm×奥行   mm


所有の中で最も大きい土鈴↓
胸に金で「徳」の文字 黒に薄墨の縁取りの斑
右手挙げ 尻尾も虎柄

伊賀土鈴は大きいものはかなりの大きさがある
我が家にあるのはこれが最大である

右手挙げで赤い首玉に緑の前垂れが付く
黒い斑の白猫
胸には徳の文字の鈴?か小判のような刻印の柄
尻尾には虎柄(サバトラ)模様がある

高さ   mm×横   mm×奥行   mm



中型の土鈴↓
赤い首玉に緑の前垂れに黒に薄墨の縁取りの斑 尻尾は長く、彩色なく前の方に伸びている
右手挙げ 裏の彩色はなし

所蔵品の中の中サイズの招き猫
右手挙げで赤い首玉に緑の前垂れ
黒斑の白猫
尻尾はあるが彩色はなく長い

高さ   mm×横   mm×奥行   mm



日本招き猫倶楽部創設初期に
倶楽部用の土鈴を作ったこともあった
当時のスタジオ名
「風呂猫」をデザインしたもの

下記で見ることができる
招き猫パワー 伊賀土鈴
福の素10号(1996)より  







参考文献
招き猫尽くし (荒川千尋・板東寛司、1999 私家版)
福の素10号(日本招猫倶楽部会報、1996)
全国郷土玩具ガイド4(畑野栄三、1993 婦女界出版社)
おもちゃ通信200号(平田嘉一、1996 全国郷土玩具友の会近畿支部)
招き猫博覧会(荒川千尋・板東寛二、2001 白石書店)