鴻巣練り物の招き猫    


鴻巣練り物
 種類:練り物
 制作地:埼玉県鴻巣市

 現在の鴻巣で赤物を制作している赤物屋は秋元人形店、臼井常吉商店、臼井一郎商店、たちや、酒巻商店、広田屋の6軒と生地抜き専門とする生地屋の長島家・島田家1軒のみである(2003年当時)。鴻巣に関連して埼玉県佐野市の田沼練り物(廃絶)や埼玉県越谷市の鈴幸の江戸諸玩具などがある。

鴻巣練り物現制作者                     
秋元人形店 
太刀屋(新)
臼井常吉商店  
広田屋
   
関連  
田沼練り物 埼玉県佐野市 
鈴幸 埼玉県越谷市
鴻巣か?
             



鴻巣練り物
 埼玉県は桐箪笥、桐箱などの桐産業の産地として有名であった。特に鴻巣近辺では桐箪笥の産地で桐の大鋸屑が入手しやすかったことや大きな街道沿いで運搬がしやすかったことからかつて練り物が盛んにつくられた。
 鴻巣は古くから人形の産地としても有名であった。安永・天明の頃には獅子頭がつくられ魔除けとして販売されていた。その頃の製造元には相模屋秋元家、太刀屋大塚家、嶋田屋島田家、かさや酒巻家、清水屋松村家など現在も続く制作者の名も多く見られる。最初は土人形を作っていたものが、練り物に変わったといわれている。太刀屋では少数張り子もつくっていた時期があるようである。
 明治から大正にかけて特に鴻巣練り物の赤物が発展した。遠隔地からも注文が入り、会津若松の会津天神や長野県の善光寺門前の布引き牛なども、同地で生産された。昭和に入り新しい洋風の玩具に押されて衰退するが第二次世界大戦後復活して人気を盛り返した。

 猫関係の練り物についていえば、明治後期の吉見屋の大福帳によると島田屋森五郎(大ねこ)、太刀屋安兵衛(ねこ五ツ物、ねこ拾い物、小ねこ)、酒巻龍二郎(大猫)などが見られる。また吉見屋の売上帳によると制作者はわからないが熊金ねこ、桃金ねこ、ねこ(大ねこ上、大ねこ、中ねこ、ねこ)などが見られる。
     ※「ねこ五ツ物、ねこ拾い物、熊金ねこ、桃金ねこ」とはどのような猫かは不明である。

 鴻巣ではかつては多くの制作者がいたようであるが、現在招き猫に関してはわかっているところで4店(うち1店は常時制作していない)で制作されているのみである。残念ながら最初の取材時には赤ものの招き猫は途絶えていたが、その後、何軒かで制作が再開されたようである。
 骨董市などで見かける横座りタイプのものは白物・赤物共にも制作はされていない。
 埼玉県民俗工芸調査報告第14集の調査によれば、現在赤物の制作者のもとに残されている古い型は次表のようになっている。

 保管されている古作招き猫・猫・その部品の原型             名称          
秋元家(秋元人形店) なし
大塚家(太刀屋) 招き猫・招き猫(手)・招き猫(頭)
  招き猫他産地土人形
  招き猫他産地陶人形 
  猫他産地土人形
酒巻家 招き猫・招き猫(手)・猫(頭)
  招き猫(手)
  猫(頭)

 酒巻家では獅子頭が中心で現在招き猫はつくられていない。猫(頭)は現在も製作されている弓獅子と同じように竹のバネ仕掛けで口をパクパクさせるものではないかと考えられる。
 今回扱う鴻巣練り物は招き猫や猫を制作する4軒のみでそれ以外の練り物を扱う制作者は基本的には除外してある。

 埼玉県民俗工芸調査報告 第14集 鴻巣の赤物(埼玉県立民俗文化センター、2003)はひじょうに詳しい調査報告書で今回まとめるに当たり資料の中心となっている。(※埼玉県立民俗文化センターは2006年に埼玉県立博物館等の統合により埼玉県立歴史と民俗の博物館となる)

追記
 2022年現在、鴻巣練り物の招き猫制作は大塚家(太刀屋)のみとなっている。練り物を制作していた秋元商店、酒巻商店はすでに廃業している。臼井常吉商店も先代の臼井たみ子が亡くなり招き猫に関しては在庫のみとなってしまった。しかし現在跡継ぎが制作を始めているがまだ招き猫の制作にはいたっていないようである。広田屋も会長の斉藤藤次郎が2021年に亡くなり雛の販売では大きく成長したが練り物づくりは後継者がいないため在庫品限りで廃絶した(招き猫は在庫なし)。
 「鴻巣の赤物製作技術」は2011年(平成23年)に国の指定重要無形民俗文化財に指定された。しかし2022年現在赤物を制作しているのは太刀屋、臼井常吉商店、臼井一郎商店の3軒だけのようである。その中でも



鴻巣練り物の招き猫(古作)

横座りの今戸タイプ タイプA 
左手挙げ 赤い首玉に群青の前垂れ
裏面には斑はない
高さ105mm×横85mm×奥行50mm

今戸タイプの横座り
底は紙張り  
金で描かれた前垂れの模様は松? 爪は赤で描かれている
赤の首玉に群青の前垂れ  尻尾はない
高さ117mm×横80mm×奥行50mm

比較的良い状態で保管されていたもので
色がはっきり残っている

共に目は黄色の横長で黒い瞳が描かれているが
丸目タイプもある

底に裏書きあり  


   タイプB
右手挙げ 眉毛が描かれている 赤と黒の首玉に群青の前垂れ
爪は赤と黒で描かれている 黒い部分は尻尾?
  高さ72mm×横50mm×奥行40mm

赤物にも同型がある鴻巣の典型的なタイプ
群青の前垂れも特徴的
黒斑のまわりにぼかしはない

赤物に見られる招き猫は
これらのタイプAとBである
底には紙が貼ってあった  


  タイプC
しっかり磨きがかかって光沢がある 細い左手
リボンは当時物の可能性あり 尻尾なし
  高さ140mm×横90mm×奥行73mm

胡粉の剥離がかなりあるが、
手は分離しているタイプ
しっかりと磨きがかかっている
金の目に黒の瞳
白猫で正面に灰色あるいは黒の斑
手と身体の間を分ける
赤あるいはオレンジ色のラインがある
赤と緑のリボンは
当時の物である可能性がある
底は紙が貼ってある  
名古屋のNさんによる画像

上と同じタイプの猫
高さ約13cm

典型的な鴻巣の招き猫である
タイプAとタイプBとは
かなり形状が異なる招き猫である。


   タイプD
黒斑のまわりにオレンジの縁取り? 彩色されていない首玉は幅広
右手は後付け 黒い尻尾
高さ135mm×横60mm×奥行90mm

右手挙げ、手は身体から分離しており後付け
白猫で黒の斑
黒斑のまわりに朱(オレンジ)のぼかし?
尻尾は黒で描かれている
首のリボンは後付け?
リボンと鈴と結んでいる糸はかなり古い
   
黒斑の白猫 黒い尻尾も同じ
右手挙げ 首玉の結び
 名古屋のNさんによる画像

首玉や鈴の跡がよくわかる
ただし彩色はされていない
 
凹凸は首玉の鈴? 合わせ部分
耳(の中)、爪は赤で描かれている

比較的オーソドックスな形状の招き猫であるが
手は身体から離れており、後付けとなっている。
タイプCより新しいか?


 鴻巣とみられる招き猫に貯金玉タイプの猫がある。現在鴻巣で制作されている招き猫とはかなり形状が異なる。面相などから最初は秋元人形店で制作されたものかと思っていたが、埼玉県民俗工芸調査報告(埼玉県立民俗文化センター、2003)の太刀屋の古い型のリスト中に他産地の土製貯金玉タイプの招き猫があった。サイズもひじょうに近く、もしかするとこの招き猫は太刀屋で制作された可能性がでてきた。

   タイプE
丸目であるが目の上の縁取りがある 左手挙げ
白猫に淡い黒の斑 尻尾の彩色なし
 高さ129mm×横73mm×奥行80mm

貯金玉などでよく見られるタイプで
現在、鴻巣では見かけない型で、
現代的な形状である。
状態はよくないが太刀屋製である可能性もある。
リボンも鈴も当時のものであると思われる。
 






参考文献
招き猫尽くし (荒川千尋・板東寛司、1999 私家版)
全国郷土玩具ガイド2(畑野栄三、1992 婦女界出版社)
おもちゃ通信200号(平田嘉一、1996 全国郷土玩具友の会近畿支部)
埼玉県民俗工芸調査報告 第14集 鴻巣の赤物(埼玉県立民俗文化センター、2003)
さいたまの職人 民俗工芸実演公開の記録((埼玉県立民俗文化センター、1991)
郷土玩具展望中巻(有坂興太朗、1941 山雅房)
日本郷土玩具 東の部(武井武雄、1930 地平社書房)
「鯛車 猫」(鈴木常雄、1972 私家版)
郷土玩具図説第七巻(鈴木常雄、1988覆刻 村田書店)